昨年の活動をアップしています。
今回は、佐賀県武雄市での、三城理事長の活動の感想をアップいたします。

 

◎昨年10月、真備町から石巻市にシェアリングカーを移動させるお手伝いをしたように、真備から佐賀県の武雄市にシェアリングカーを移動させました。佐賀の水害で車が不足しているのを補うために、日本カーシェアリング協会さんが現地に乗り込んでいるのです。朝10時、「パパラん家」のボランティア作業をする人たちは、この日午前中は、僕も昨年作業に入ったMさん宅(というか店舗)で地元の方との茶話会を開くというので、茶話会に必要な道具の運搬や人のピックアップのお手伝いをしてから、佐賀に向かいました。

Mさん宅には昨年、二日ほどしか作業に入っていなかったにも拘らず、しかも延べ人数にすると相当大勢の人が入っていたにも拘らず、ちゃんと覚えていてくださり感慨深かったです。佐賀に向かう僕を店頭から深々と頭をさげて見送って下さった姿が忘れられません。

真備から佐賀までの道はほぼほぼ渋滞もなくスムーズでしたが、やはり軽車両ためか結構時間が掛かりました。武雄市に着いたのは18時でした。熊本や朝倉に支援で入っていた時は東京から16、7時間かけて運転しており、丁度真備の辺りが中間地点のため、そこから九州までは結構近く感じていたのですが、やっぱり中々の距離でした(笑)その車は早速、翌日からシェアリングカーとして活躍したそうで良かったと思います。

翌日は武雄市でボランティア作業をしました。佐賀県では、油の流出した大町と武雄の被害が大きく、この両地域には、県内で同じく被災したにも拘らず収拾の目処がたったという地域の方々が「他人事と看過できない」と多く通っていらして、社協の運営する災害VCは受付開始の一時間前に、その日の作業定員に達してしまうという感じでした。その社協のVCの横に民間のVCがあり、定員に達してしまった場合はそこでボランティア活動が出来るようになっています。

この民間災害VCは「おもやいボランティアセンター」といいます。武雄市北方の自治的組織が立ち上げ、NPOが運営のサポートに入っています。行政とも連携を取っているので、高速道路無料化のスタンプなどもいただけました。この日の作業は、軽トラ3台、作業員用ワゴン1台でキャバンを組んで家外に搬出されている町中の被災物を回収、地区の仮置き場に運搬・分別するというものでした。浸水で使用不能になった家財のほか、内水氾濫によって敷地内に堆積しまった土砂をつめた土嚢などがありました。上記の車両で丸一日かけて完了できましたが、床板を剥がし始めているお宅なども作業中見かけたので、まだまだ、今後も多くの運搬物は出てきそうな気配を感じました。VCに戻ると、マスコミで一躍注目を集めたスーパーボランティアの尾畠さんが、若い女性ボランティアのリクエストに応えて、写真撮影をしていました。このようなことがきっかけでも災害ボランティアに関わる人が増えるといいなぁと微笑ましい気持ちになりました。

NPO法人と地元有志で運営している「おもやいボランティアセンター」

今月初頭に理事会で気仙沼を訪れた際、監事の芳賀さんより、陸前高田市の津波伝承館を訪れた話を伺い、翌朝に三城理事長と二人で訪れました。
「東日本大震災津波伝承館 いわてTSUNAMI(つなみ)メモリアル」という名称です。詳しくはコチラ
「高田松原津波復興祈念公園」の敷地内に建てられた大きく綺麗な建造物です。

   

目の前には、被災した旧気仙中校舎が被災時のままの姿で、震災遺構として残っています。

この伝承館が建てられたのは、昨年の9月とのこと。

広い会場内は、いくつかの部屋に分かれています。
過去の震災の歴史、地震や津波の構造の説明、津波の映像、被災物(橋げたの一部、車両、漂流物等)の展示、被災者が綴った文章(英訳版もあり)、被災時の状況とその後の対応等、写真、絵、映像で確認できるコーナーもあり、多くの角度から震災というものを確認することができます。
なんと入場料は無料です。

気仙沼の伝承館とともに、こちらの陸前高田の伝承館も、是非多くの方に体験していただきたいと思いました。

 
被災した消防車両

 
濁流で破壊された橋げたの一部


被災物の展示コーナー


伝承館より広い公園を眺める

2019年9月に行われた岡山県倉敷市真備町での災害ボランティア、4名の方にご感想をいただきました。
これまで3名の方の感想をアップさせていただきましたが、最後のお一人になります。

文中に登場する「パパラ」さんとは、書家として活動している方で、被災地に長期滞在をされて災害ボランティアを継続されている方です。
真備町のボランティアでは、パパラさんが活動をされる被災者のお宅で作業をさせていただきました。

以下、ご感想です。

◎今回、真備は一日しかいられなかったのですが、思い出深いものになりました。今年の春以来ですが、宿泊は「パパラの家」に厄介になりました。相変わらず地元の人が、出たり入ったりして賑やかです。岡山市内から料理を作りに来てくれるジャックさん、今回は「重ね煮」のタネにした餃子でした。そして、たくさんの炊き込みご飯を持ち寄ってくれたミキちゃん。今回は連休だったのでボランティアさんも多く、県外から5名の人がやってきて泊まっていました。あ、作業のこと全然書いてないですね(苦笑)作業はパパラさんが4か月近く、一人で作業する日も多い中、コツコツと清拭作業を続けていたFさんのお宅に入り、最後の柱磨き、床磨きを行いました。振り返ると本当に気の遠くなるような作業ですが、多くのボランティアさんが、ちょっとづつでも参加してタスキをつないだそんな案件です。みんな一日黙々と、ブラシ、タオル、歯ブラシを使って木地にしみ込んだ汚れを浮かせてふき取る作業をしていました。この地道な作業をずっと真備に根を張って続けてきたパパラは本当にすごいと思います。(パパラさんは堺の人です)だから、地元の人にも遠くからやって来るボランティアさんにも愛されているんだと思います。実はこの日の夕食時、パパラさんは作業で入っていたお宅のリフォーム完成祝いにお呼ばれしていて、家主のパパラさんがいないのに皆で酒宴を張っていました。家主不在なのに、ジャックさんミキちゃん以外にも地元の方が2人やってきて、パパラさんが帰ってくるまで、お酒を飲んで待っています。被災当初、どのようにしてボランティアキャンプサイトを行政に交渉したかなど貴重な経も伺うことが出来ました。そんな「パパラん家」も10月をもってクローズとなるそうです。真備が落ち着きを取り戻して来ている証拠ではあると思うのですが、正直なんかちょっと寂しい気持ちになります。毎年、気仙沼に訪れるきっかけがあるように、真備にもそういう「場」が出来るといいなぁと本当に思います。

広報の大塚です。

チーム・ユニコンが初めてプロデュースする舞台「エール!」は、被災地の避難所となった学校を舞台とした作品です。

この舞台は、舞台や映像で活躍をされる俳優、近江谷太朗さんのプロデュース「yataPro」の2回目の作品として、2017年に上演され、千名を超える観客動員となりました。

脚本、演出は、劇団東京フェスティバルのきたむらけんじさんです。

この作品が素晴らしいと、三城さんから勧められ拝見しました。きたむらさんの世界を魅力ある俳優陣が共に創り上げ、本当に良い作品だと感じました。

そして、この作品が再び甦るということと、その作品にプロデュースという形で関わるユニコンの一員であることを、演劇に長年携わってきた身として、個人的にとても嬉しく思っています。

今回も本当に良い俳優さん方に集まっていただきました。今回の公演の趣旨にご賛同くださり、本当に感謝しております。

何ができるか本当にまだ分からず、微力ではありますが、自分もこの公演を支えるメンバーの一員として、携わっていきたいと思っております。

中野テアトルBONBONは、どのお席からでも見やすく、舞台の臨場感が伝わる素晴らしい劇場です。

全席指定席にてお席のご予約も始まっております。→ご予約はコチラ

どうぞよろしくお願いいたします。

広報の大塚です。

さる1月9日に、宮城県本吉のユニコン監事、芳賀勝英さん宅にて、第5回理事会を行いました。

副理事長の新井さんは都合によりテレビ電話での参加になりました。

昨年5月に発足したNPO法人チーム・ユニコンですが、決算報告及び各議案の報告と承認を終え、芳賀さんの奥様の手料理をいただきました。

個人的には冬の宮城を初めて訪れました。東京より寒いですが、例年より大分暖かいとのことです。

美味しいお料理とともに、楽しい話に花が咲きました。

そして、東日本大震災から本年で九年目を迎えます。九年前の貴重なお話も芳賀さんからお伺いすることができました。

広報の大塚です。
2019年、ユニコンでは多地域でボランティア作業をいたしました。皆様のご参加に感謝しております。
昨年は台風被害による災害ボランティア作業を、千葉県、神奈川県、長野県、福島県で実施いたしましたが、一昨年の水害による岡山県倉敷市でも引き続き人手を必要としておりました。
そして、昨年9月にはユニコンメンバーの方々が岡山県で作業をされました。

その時にいただいたご感想を今回アップさせていただきます。

 

◎第2タームで当日現地集合の形をとり、いつもは ユニコンの方と一緒なのですが、今回は初対面の皆さんと四人で作業しました。
私が参加した日は前日までの力仕事が一段落し、ついに最終段階の細やか黙々作業.取り外した欄間の清掃でした。和室の上部のものと室内仕切り襖で障子の代わりにガラスが入っているものが大小十数枚。
作業前にホームセンターで歯間ブラシなど購入。
世話役のパパラさん「僕たちも全ての作業に精通してるなんてことはなくて、いつも、これどうするん?みたいな新しい展開を迎えるわけですよ」と話され、実際 作業中に “ココこうするとこんなん出来るやんかー!”という嬉しい発見がありました。
作業に入ったお家は 東京では 古民家 と言われるような 立派なお宅。柱や梁は 今では簡単に手に入らない上質な木材や 石材 を使われていました。
9月中旬、真備地区からも佐賀や千葉の方に沢山のボランティアの方が行かれたとのこと。かの地では今日のトイレもままならない状態を考えると、ボランティアで欄間の清掃…?と思われるかもしれません。しかしながらここまで細やかに対応された例として今回の真備での作業に参加させていただけて良かったと思っています。遠慮がちな高齢者の方に何度もローラー作戦でニーズを掘り起こし、自分のことは「みんな大変だから」と話さないので「困っていることはないですか」ではなく「困ってる方をご存知ないですか」と聞く。
日本のどこかで常にボランティアセンターが設置されている様になってきました。各地で違いや差がついてしまっては困る。でも実際、どこの自治体でもほとんど初めての経験なんですよね。クオリティの高かったケースはどんどん共有されていくといいのに。そんなことを思いながら リクエストして吉備真備駅まで送ってもらい記念写真を撮り帰路につきました。


真備町での作業の様子。

あけましておめでとうございます。

広報の大塚です。
2020年、そして令和初のお正月を皆さまいかがお過ごしでしょうか。

2011年の東日本大震災をきっかけに活動を開始した「UNION号による災害ボランティア」は、昨年「NPO法人チーム・ユニコン」として新たに生まれ変わりました。
そして、昨年は日本の各地で起こった「災害」というものをとても意識させられた一年でもありました。

令和2年もわれわれが出来ることを皆さまと共に考え続けたいと思っております。
是非ご意見等いただけましたら幸いです。

 

すでに皆さまにお知らせをしておりますが、ユニコンは「劇団チーム・ユニコン」というものを発足いたしました。そして本年3月に中野テアトルBONBONという劇場にて、チーム・ユニコンのプロデュースで「エール」という作品を上演いたします。

この作品は2017年に俳優の近江谷太朗さんがプロデュース(yataPro)されました。

劇団東京フェスティバルを主宰されているきたむらけんじさんが脚本・演出をされた作品です。被災地の避難所を舞台とした、被災者と避難所で働く人たち8人の人間模様が描かれています。

公演の詳細は以下をご確認ください。どうぞよろしくお願いいたします。

令和2年が皆さまにとって素晴らしい一年になることをお祈りいたします。

 

広報の大塚です。
2019年、平成31年、令和元年が本日で終わります。
「UNION号による災害ボランティア」が、その8年間の活動を基に、「NPO法人チーム・ユニコン」へと変化を遂げた年であるとともに、「自然災害」の脅威を突き付けられた一年間に思えます。

前回に引き続き、本年10月の神奈川県川崎市の災害ボランティアのご感想をアップいたします。

来年も「NPO法人チーム・ユニコン」をどうぞよろしくお願いいたします。

 

◎10/23  川崎 台風19号による豪雨によって内水氾濫が発生したエリアで地下室が浸水したお宅での家財の片付けの作業を実施。都市部の住宅街の中でもこのような被害が発生し、しかもほんの数m・数十cmの標高の違いで被災したエリアと全く被災しなかったエリアとが隣り合っている光景にショックを受けたが、ちょっとした高低差が被害の有無を分けることがわかり、様々な情報から被害の可能性について調べておくこと、備えをしておくことが必要と感じた。
作業したお宅よりわずかに離れた標高が低いエリアではより大きな被害を受けていたようだが、復旧がなかなか進まない上に不満を吐き出せるところがなかなか見つからない状況、さらには非常に限られたエリアだけで被害が発生していることがその不満を大きくしているを実感させられる場面もあり、依頼者のみならず周囲の方に寄り添ったボランティア活動、ということの難しさも実感した。都市型の災害の一つの特徴のようにも感じ、同様に都市部で災害が起きた時にはこのようなことも考えていかないといけないと感じた。

広報の大塚です。

台風19号被害による神奈川県川崎市の災害ボランティア作業に携わった三城理事長の感想をアップいたします。

世田谷区もそうですが、都心部ならではの状況、そしてそれによる数々の問題を意識させられます。

 

~川崎参加感想~

つなぎ姿の男3人が、出勤するサラリーマンの波が押し寄せる武蔵中原の駅で待ち合わせて、駅前のビルの中の6階にある災害VCに向かいます。何事もなかったように都会の日常が僕らの横をすり抜けていきます。今までにない不思議な感覚です。これまで訪れた被災地でも、全壊家屋とほぼ無傷の家屋が一本道路を挟んで存在するというような画は見てきました。でも、それとは違う違和感です。

僕は2日作業しました。初日は水没した地下室から被災物を搬出する作業。都会ですから広い庭もほとんどありません、車がギリギリすれ違えるくらいの住宅街の道は各家庭から運び出される被災物であっという間に埋まってしまいます。横浜清掃局から応援派遣されているゴミ収集車が、そうならないように2、3台で巡回し、次々被災物を飲み込んでいきます。川崎市の対応に不満を述べている被災者の方がいましたが、このような連携が出来ているのはなかなかだなぁと思いました。2日目は床下の泥の掻き出し、消毒でした。昨年の真備で学んだことを生かして作業することが出来ました。

初日のお宅も二日目のお宅も、これから1年近く清拭のようなメンテナンスをして、リノベーションすると運びになると思いますが、その地道な作業を住人の方だけでやるというのは気の遠くなるようなことです。勿論、僕らも引き続きお手伝いに入りたいと思いますが、地元自治会でどんどん共助を進めて欲しいと思います。こういうところからコミュニティの力を意識的に強化していかないと首都直下型地震には対応できないと危惧します。VCにも駐車場がなく、被災者宅付近にも車を止めるスペースがコインパーク以外、十分にないなど、都市型の災害対応の問題点を垣間見た気がしました。

広報の大塚です。

台風15号被害で千葉県安房郡鋸南町に10日間滞在しながら災害VCの運営支援を行ったときの三城理事長の感想をアップいたします。

理事長の業務を引き継ぎ自分が一週間この地に滞在したのですが、その間の災害VCの移転、そして予想外のトラブル等、一朝一夕には語れない、色々な意味で忘れられない日々でした。

 

~鋸南参加感想~

泊まり掛けで4日間、鋸南町災害VCの運営のお手伝いをしました。いままで数年のボランティア経験を生かして、現地調査などでお役に立てればと思っていたのですが、被災者の方から寄せられたニーズのデータ整理のお手伝いをすることになりました。

丁度、僕がお手伝いに入った時分、一般ボランティアでは対応しきれない特殊作業の案件を、災害VCでマッチングするプロボノ以外に、自衛隊に依頼したり、行政経由で建築業界ボランティアに委託し始め、復旧復興の迅速化を図っていました。その分データの管理が複雑化していたのです。ニーズ票の記載事項・進捗などをPCのデータベースに入力し原本をファイリングするという、言葉にするといかにも単純な作業ですが、1つのニーズ票に一般ボランティアで対応できる案件と特殊案件が混在している場合もあります。特殊案件も、屋根にブルーシートを掛ける高所作業、崩れた大量の土砂を撤去する重機作業、倒木の伐採のためのチェーンソー作業など多岐に亘ります。ニーズの受付を開始した当初にはそのような分業が生じることは想定されていなかったため、データの確認分類を遡ってする必要が生じていました。また、作業のアウトプットが多岐になったため、進捗の把握が複雑化していました。なかなか大変なデータ整理です。一朝一夕にはかたづけられません。4000件近いニーズ票があるのです…また、さまざまなところから、復興の進捗状況、ボランティア参加数などの日報なども求められます。勿論、状況を客観的に把握するということはとても大事なことです。ただ、正直そのような静的なデータを抽出する前にやらなければいけないことが沢山あるのです。お国の偉い人が被災地視察に来るとかえって現場が混乱するという話を思い出しました。

さらに、泣きっ面に蜂というのはこのことで、町役場に間借りしていたVCを社協の施設に移転するという引っ越しが4日後に控えています。データ整理のフローとポリシーをざっくりと聞いて、あとはともかくやりながら聞きながら、ともかくスピード第一で進めるしかないと肝を据えました。

いろいろ、予想もしないトラブルも重なり、結局、僕の滞在期間でデータの整理を完結することは出来ませんでした。これだけ、毎年災害が起こっているので、このあたりのデータ管理ソフトなど開発してもいいのではないか、というか、商用としては採算的に厳しいと思うので、是非公費で作成するべきだと思いました。標準ソフトがあれば、どの地方で災害が起こっても、一度触った事ある人は即戦力として大きな力を発揮できる訳ですから。

国土強靭化というのは何もハード面だけではないと思うので、検討してほしいと思います。

鋸南町の様子最初の 災害VCがあった鋸南町役場災害VCの移転先の鋸南町社会福祉協議会