2月11日(祝)、チーム・ユニコン初プロデュース作品「エール!」。

この作品は、東京フェスティバルのきたむらけんじさんの作品を、俳優の近江谷太朗さんのプロデュースにより2017年に上演されました。

被災地の避難所を舞台としたこの作品に惚れ込んだチーム・ユニコンは、ぜひともこの作品をユニコンでプロデュースしたく、近江谷さんときらむらさんに直談判し、今回の上演が実現することになりました。

顔合わせのこの日を迎えるまでに、われわれは何度もお二人にお会いし、打ち合わせを重ねました。災害ボランティアのNPO法人が舞台をプロデュース。「どうして?」と、はてなマークが浮かぶ方も多いかと思います。

俳優でもある自分は、東日本大震災時、役者として被災地に何ができるか、ということを真剣に考えていました。その時に自分がとった方法は、チャリティイベントを開催し、義援金を募り、売り上げと共に被災地へ寄付をすることでした。被災した東北の児童劇団へも寄付を行いました。

今回、劇場は都内ですが、被災地の避難所の方々をテーマにした人間ドラマをプロデュースできるとのことで、自分のやりたかったことの一助となることができ、個人的ではありますが、うれしさを感じております。

この公演に関して、自分ができることで支えていけたらと考えております・

 

今回、すでにご予約は始まっており、今でしたらお好きなお席を自由にご指定できます。

前売りご購入のお客様にはパンフレットも進呈いたしますので、ぜひご予約をご利用ください。お待ちしております。

公演の詳細及びご予約はコチラからお願いいたします。→「エール!」特設サイトへ。

広報の大塚です。寒い日が続きますね。

この度の「エール!」の顔合わせでは、被災地でのお菓子も振舞われました。

長野、気仙沼、宮城の美味しいお菓子は皆さんにも好評でした。

当日はタイトなスケジュールではありましたが、今回の企画意図やユニオンの思いや目標を、メンバーの皆様方に分かっていただいたのではないかと思います。

以前から舞台観劇をしてきた身としては、普段舞台上で拝見してきた皆さんなので、初めて直接お話も伺えて、ワクワクが止まりませんでした。

ユニコンが全国各地の被災地を訪れて感じ行動してきたことを、今回の舞台作品を通して皆様にお届けできれば幸いです。

どうぞご期待ください。

無料で豪華パンフレットが付いてくる前売りチケットと公演の詳細はコチラから→「エール!」販売サイト

お菓子コーナーの様子です♪

2月11日(火・祝)、赤坂にて、一か月後の3月11日に中野テアトルBONBONで初日を迎える、チーム・ユニコンの初の舞台プロデュース作品「エール!」の顔合わせがありました。

作・演出のきたむらけんじさん、そして総勢8名の役者の皆さん、各スタッフの皆さんが勢揃いされました。

最初にチーム・ユニコンのご挨拶と自己紹介、そして俳優・スタッフの皆さんの自己紹介と進み、読み合わせ稽古が行なわれました。

俳優さん方のセリフを聞きながら、初演の光景が思い出されて胸が熱くなりました。
被災地の避難所を舞台にした人間ドラマであるこの作品に惚れ込んで、今回のプロデュース公演が実現しました。

本日からちょうど一か月後の3月11日に初日を迎える「エール!」、今後の稽古、そして本番がとても楽しみです。
前売り券を絶賛販売中です。前売りでご購入のお客様にはもれなくパンフレットを進呈いたします。お早目のご予約をお勧めいたします。
公演の詳細はこちら→劇団チーム・ユニコンプロデュース「エール!」

一人でも多くの方にこの公演を体験していただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。


読み合わせ稽古が始まります。


稽古後に全員で集合写真を撮りました。

2020年2月11日(祝)、NPO法人チーム・ユニコンの第一回通常総会が行われました。

参加者11名にて全ての議案が満場一致で承認されました。

三城理事長より昨年度の活動についても詳細が語られました。

私は今回の総会に使用する資料作成を担当いたしましたが、何とか間に合いホッとしております。

メンバーの皆さんとも久々に再会することができました。

総会の様子を少し撮影いたしましたので、掲載いたします。

総会後の交流会については、また後日アップいたします。

広報大塚です。
いよいよNPO法人チーム・ユニコンの総会が開催されます。
そして、チーム・ユニコンの初プロデュース舞台作品「エール!」の稽古が始動いたします。
大きな節目の一日になりそうです。

今回は、令和元年台風19号被害による神奈川県川崎市での災害ボランティア作業にご参加された方のご感想をアップいたします。

都市部における自然災害に対して大きく考えさせられます。
災害は対岸の火事ではなく、いつ自らが当事者になってもおかしくない状況だということを、あらためて感じます。

 

10月24日木曜日。2日連続。川崎市でボランティア作業。今回は、民家の床下の清掃。床下にこびりついた泥を助教する作業を淡々と進める。前日と違い、ニオイもないし、力仕事でもない。でも途中から腰が痛くなる。もう若くはない。作業を終えて、電車で帰宅。まだ午後5時すぎ。

こんな近くで水害が発生しているのだ。そのことに驚く。川崎の人たちも、世田谷の人たちも、まさか自分の家が…と思っていたに違いない。都市だろうと、地方だろうと、災害は突然やってくる。災害が多発する時代になってしまったのである。あらゆる災害は他人事ではないのだろう。そのことを実感。

 

 

 

広報大塚です。
令和元年の台風15号被害で千葉県の鋸南町での災害ボランティアに入られたメンバーの方のご感想をアップいたします。
鋸南町で自分が一人で作業をしている一週間の前半に、二日間一緒に作業に入っていただき、災害VCの移転の時期にも重なったので、とても心強かったですし、お世話になりました。

下にアップした写真は、宿泊施設の外観と、敷地内のサッカー場。そして施設の目の前に広がる青い海です。

 

◎10月1日火曜日
朝いちで電車を乗り継いで、内房線の安房勝山まで。車窓から見える家々にはブルーシート。台風15号の風速60メートルの被害はかなり激しい。
昼前に鋸南町役場に設けられたボランティアセンターに顔を出し、そのまま作業に入る。被災からのニーズをPCに入れていく作業が続く。停電のせいか何なのかは不明だが、重なっているニーズ用紙も多く、発生当時の混乱がうかがえる。整理しながら作業を続ける。
被災地では、全国から集まってくれるボランティアたちの頭数も重要だが、こうしたバックヤードで支えるボランティアセンターの運営の人たちの作業も重要なのである。そんなことを考えながらの作業が続く。
夜、鋸南町の社会福祉協議会の人たちとのミーティング。この日、今日なん街に入ったばかりで詳しい事情は分からなかったが、職員の方々の「やる気」のなさが気になった。言葉の端々に、ボランティアセンターを早く縮小したい様子がうかがえる。
ボランティアセンターを仕切る社会福祉協議会。地域社会では。介護、障碍者、シングルマザー等々、社協の役目が増えていることは間違いない。特に地方では、高齢化も進み、より仕事が増えているのだろう。日常の業務もあり、なるべく早くそちらに戻りたいのだろう。
でも、災害対応も彼らの重要な仕事。もっと前向きに取り組んでほしいと正直も持った。
おそらく鋸南町だけの問題ではないのだろう。社協の役目を再考し、どう支えていくかも、災害多発の時代には問われているのかもしれない。

10月2日水曜日
一般のボランティアは休み。この日は、ボランティアセンターを役場の議員控室から、保田という隣の駅近くに引っ越す作業を手伝う。軽トラで荷物を運び、なんども往復する。
毎年のように発生する大規模災害。去年の西日本豪雨の被災地では、今も復旧作業は続く。そして今年は佐賀でも水害が起きた。となると、ボランティアセンターを運営する人たちの頭数も当然のことながら足りなくなる。
被災した人たちに全国から集まってくるボランティアが柔軟に手を差し伸べていくためには、バックヤードの充実があってこそ。
最近の相次ぐ災害では、それが足りていない。ボランティアセンターの運営に従事する人たちをどう育てていくか。それも今、社会全体で考えていかなければいけないこと。そんなことをブツブツと考えながら、軽トラを運転。夕方、作業を終え、金谷から東京湾フェリーに乗って帰京。対岸の景色は普段通り。会社帰りの人たちが家路を急いでいる。わずか船で40分の距離なのに、あまりにも空気感が違うことに、不思議な感覚に襲われる。

広報大塚です。

チーム・ユニコンの演劇初プロデュース作品「エール!」の舞台は「学校」です。

震災や災害の避難所には多くの「学校」や「体育館」が使われています。
僕は震災の年の夏に、自分が参加している阿波踊りの連で、宮城県牡鹿郡女川町へ慰問に行きました。
避難所となっている学校に多くの被災者の方々がおられ、僕たちはグランドで阿波踊りを踊らせていただきました。
他にも芸人さん達が来られていたり、食事のテント等もあった記憶があります。

学校は高台にありましたが、漁港が近いこともあるのか蠅が大量発生していて、過酷な状況の一部が垣間見えました。
僕はトイレをお借りしたり食事の際に学校内に入らせていただきました。

9年前、多くの地域の多くの避難所で、被災者の方々が生活をされていました。
ユニオンで気仙沼で作業をした際にも、テントを張らせていただいた公園に隣接する建物が避難所として使用されていました。

地震と津波で被災された多くの方々の「生活」が、避難所となった「学校」や「体育館」などで営まれていました。

「エール!」はフィクションですが、あの時に存在し、そして自分も当事者としてあの場所にいたかもしれない、そして近い将来そこにいるかもしれない、そんな「学校」という名の避難所を舞台としたドラマです。

来週いよいよ顔合わせ、そして稽古が始まります。

稽古場の様子などもこの場を借りて皆さんにお知らせ出来ればと思っております。

皆さま、寒暖差で体調など崩されていないでしょうか。
ユニコン広報大塚です。
昨年の災害ボランティア活動にご参加いただいた方のご感想をアップしておりますが、今回は令和元年台風15号の被災地、千葉県富津市での活動のご感想です。

 

まずは富津ボラセンの感想から。運営がきちんと組織化されていて、休日でたくさん訪れるボランティアをスムーズに受け入れていました。

最初のマッチングで行った現場は、自宅の敷地内に物置のようなものが飛んできた(この家のもの?)高齢者宅。物置の解体と撤去という依頼でしたが、手持ちの工具では解体できず。。事情を依頼主に説明してボラセンに帰り、引き継ぎのための報告を済ませました。現状報告のために現場で撮った写真はwebを介してアップロードできるようになっており、ここでもスムーズなインフラに関心させられました。
時間があったので、2回目のマッチングを受けることにしました。次の現場はチェンソーを使って倒木を切るボランティアさんのアシスタントでした。

お宅の前には川が流れてており目の前の山が崩れて土砂が川を覆ってました。。初めて目の前でみるチェンソーの作業は正直怖いものでしたが、安全防具装着の上慣れている方が作業すると、やはり短時間でたくさんの倒木を切ることができました。特殊作業ができるボランティアさんが頼もしくも羨ましく映りました。アシスタントである僕らは、切られた倒木をまとめたり、枝木をノコギリでカットし細かくして捨てやすくする作業を行いました。依頼者宅のお庭にあった小さな倒木のみ、僕が真備町より授かった丸ノコで切ることができたので、その点では少しは貢献できたのかなと思います。真備の皆さんから寄付していただいた作業後、鋸南町のボラセンに寄付させていただきました。作業後は鋸南町ボラセン(当時)の近くにあるお風呂へ。。ボランティアスタッフは無料で利用することができました。

風害の被災地は初めて見ましたが、被害にあった住宅のほとんどは一部損壊、半壊など。全壊よりも保障等の判断基準が難しいと言われます。今後は現場作業だけでなく鋸南町ボラセンの運営のお手伝いもできたらなと考えております。

今月訪れた「高田松原津波復興祈念公園」内には「東日本大震災津波伝承館 いわてTSUNAMI(つなみ)メモリアル」の他に、地元の食材を使用したレストランが2件とカフェが1件、そして地元の物産を販売する道の駅が隣接しています。

レストランは「たかたのごはん」と「まつばら食堂」。
僕は「たかたのごはん」で、いくらとめかぶと牡蠣のどんぶりを注文しました。
いくらは大粒で歯ごたえもしっかりしていて、量もとても多く、満足しきりでした。

道の駅では、陸前高田のくまがいほるもんのみそ味と、鰤の生姜煮、そして、とろろや地酒を購入しました。
さすが道の駅。お土産物が何でも揃っています。

少し時間があったので、すなば珈琲で熱々のホットコーヒーを飲みました。

陸前高田行きの目的は伝承館の見学だったので、まさか食事や買い物ができるとは思っていませんでした。
三陸方面にお越しの際には是非、伝承館ともども訪れていただきたい場所です。

帰京後、ホルモンはもやしと一緒に炒めましたが、地酒のおともに最高でした。

50歳。

子どものころ、50歳の人に対しては「大人」というより「おじいさん」のように思っていた記憶があります。
19歳20歳の人たちが「大人」に見えていたので、その親世代の人たちをそう感じてしまうのも理解できる気がします。
そして、いつの間にやら気づかぬうちに自分がその世代に突入していました。
同世代の友人知人などは、結婚して子どもがいる人、孫がいる人、起業した人など、実に様々な人生を送っています。
そして、自分のように独身を貫いている人もいます。まさに「人生いろいろ」です。

 

舞台「エール!」は、そんな50歳を過ぎた男の話です。

自分が追いかけいるのは夢なのか、夢とは何なのか、そもそも存在したのか、今でも存在するのか、いつの間にか見失ってしまって、それでも何となく走り続けているだけではないのか、立ち止まって別の道へ進む勇気がないだけではないのか……など、実にいろいろなことを考えてしまいます。
自分が信じて進んできた道が果たして正解だったのか、不正解だったのか、道を間違えたのではないか、何か別な人生があったのではないか、いや、そもそも正解など存在するのだろうか……。

ついつい主人公を自分に置き換えて見てしまいます。自分も人並みに(?)つまづきながらこれまでの人生を営んで来ました。

この作品は、そんな主人公が故郷の災害をきっかけに避難所へ駆けつけ、そこで共同生活を営む物語です。被災者やそこで働く人々と出会い、果たして男の人生は変化は訪れるのでしょうか……。

来月上旬にはいよいよ本番へ向けての稽古が始まります。
また追ってレポートをお届けしたいと思います。