気がつけば4月ですね。
去年、今年は巣ごもりの時間が長いせいか季節を感じることが少なく、気がつけば季節が変わっていることが多かった印象です。
そんな中、散り際になんとか見ることができた桜や、通勤途中に見かけるフレッシュな新入社員の方々を見かけて、今年は春になったんだなと感じることが出来ました。

さて、チーム・ユニコンでは医療用ガウン作成ボランティア作業を継続して行っております。
この作業は、NPO法人MAKE HAPPYさんと連携を取りながら実施しております。
完成したガウンは、医療・保険機関や介護事業者の皆さまへお送りします。

3/28にも作成会を開催しました。
5名の方にご参加頂き計60着を作成、前回の作成会から今回までの間に自宅等で作成して頂いたものが計53着、合計113着を作成致しました!
(作成会の開催にあたっては、JVOADのガイドラインに従い、検温・手洗い・アルコール消毒等の感染予防を徹底しております)

また、並行して東北大学さんと連携してコツコツと作成を続けているフェイスガードにつきましても、58個を盛岡市の医療機関にお送りしております。
我々の作ったガウンやフェイスガードが現場で少しでも役立ってくれると嬉しいです。

新型コロナウイルスの収束は見えず、感染が再び拡大している地域も見受けられています。
我々としても、このような活動を続けることで少しでも貢献していければと考え、今週末、4/11(日)にも医療用ガウン作成会を実施することと致しました。
活動時間は9:00-16:00ですが、ご都合に合わせて、午前中のみ、午後のみ、〇時から〇時までという形での途中参加も可能です。
参加を希望される方は、ボランティア活動申し込みフォーム(ここをクリックしてください)にご入力頂ければ、詳細をご連絡いたします。
ご興味、お時間がございましたら是非お気軽にご参加くだされば幸いです。
また、今後も継続して作成会を開催していく予定です。今回は都合が合わず、という方も、是非次回以降の参加をご検討頂ければと思います。

  

さいたま市立上落合小学校にて放課後チャレンジスクールの第2弾として実施された「笑顔をつなぐ動画制作プロジェクト」に、チーム・ユニコンがドローン空撮で協力しました。

放課後チャレンジスクールは、さいたま市が推進している小中学校の教育プログラムです。地域の方々を巻き込んでスポーツ・文化などの交流活動を実施することで、子どもたちが地域社会の中で心豊かで健やかにはぐくまれる環境づくりを推進するものです。(詳細は➢コチラ
その一環として、チーム・ユニコンは上落合小学校の児童の皆さんと朗読劇のワークショップを行い、11月14日(土)には上落合小学校体育館において『声で表そう発表会』も実施されました。

その後、こんな時だからこそ、「児童や地域の方々に少しでも笑顔になってもらいたい」という思いを込めて放課後チャレンジスクール第2弾がスタートしたものの、緊急事態宣言で活動が中止になったため、PTAの方々で引き継ぎ完成を目指したそうです。その完成に向けた作業の中で、チーム・ユニコンもドローン空撮で協力させて頂きました。

 

当日は朝から風が強く、空撮用のドローンを飛ばせるかどうか不安もありましたが、うまく風が弱まったタイミングでドローンを飛ばすことができました。
 
   (ドローン組み立て中)

            (テスト飛行前)

テストで良い絵が撮れたので、いざ本番へ。ドローンは小学校の屋上から操作します。

ドローン飛行中。

撮影後は、皆さんで画像チェック。

本番前、実際に出演するハルト君に、三城監督からの熱い演技指導が!
ドラマのプロデューサーとしての血が騒ぐ!?

本番直前。緊張感が伝わります。
 

そして無事撮影終了。皆さん、おつかれさまでした。

最後の映像チェック。無事OKが出ました。

こんな感じで無事撮影が終了。素敵な絵が撮れたと思います。

そして、PTAの皆さんが中心となって完成させた、放課後チャレンジスクール第2弾の動画はこちらです!
とても素敵な動画だと思います!!
https://www.youtube.com/watch?v=PO7JQatVCcQ

このコロナ禍の中、このような活動を通じて、少しでも各地域の方々、そして子供達の生活に貢献できると嬉しいなと思います。

3月10日の気仙沼市での一斉捜索に続き、3月11日には三城理事長のチームが宮城県山元町で復興ボランティアに参加しました。
自分は残念ながら参加できなかったため、三城理事長からのレポートをもとに活動内容を報告したいと思います。

3月10日の活動を終えた三城理事長のチームは気仙沼に宿泊、翌3月11日は6:45に気仙沼を出発し南下、活動を行った山元町のボランティアセンターには8:45に到着しました。

山元町は、2月13日に発生した福島県沖地震で再び大きな被害を受けており、その復旧作業が進められています。
今回の活動では、Aさん宅での崩壊したブロック塀の撤去・運搬、Bさん宅での崩落した屋根瓦の撤去・運搬、Cさん宅での倒壊した壁の鉄格子の撤去・運搬作業を行いました。
現場へは軽ダンプで移動し、手作業で積み込みます。なかなかの重労働。。。

お昼には、春の名物ホッキ飯を堪能しました。

なお、当日のボランティアのニーズ残は14件、とはいえ、これで全てのニーズがカバーされているとは考えにくいため、これからニーズの掘り起こしを行うとのことでした。見たところ、被害の大きなお宅からニーズが上がっていないようなので、そのようなところからの掘り起こしが必要だそうです。被害の大きなお宅での生活は大変と思いますので、うまく掘り起こしができればと思います。
レギュラーで山元町に入っているPBV(ピースボート災害支援センター)のメンバーとも話をしてみましたが、程度的に簡易な手当では不十分な案件がかなり多いので、行政と連携してどの程度の案件にどの規模の支援をするか早々に決めるべきと考えているそうです。
支援が必要な大きな被害に対するニーズを掘り起こすこと、というのは、どのような被災地でも必ず出てくる問題だと感じますし、非常に解決が難しい問題だと感じます。今回の地震が激甚災害に指定されなかったこともあり、さらに難しいものとなっているように感じます。

活動中、14:46にあわせて、避難丘を持つ花釜防災公園を訪れたそうです。このような防災公園は、東日本大震災後、山元町に3カ所建設され、津波襲来時の沿岸部利用者の一時避難場所として築山(避難丘)も建設されたそうです。
避難丘からは、防潮堤の向こうに太平洋が臨めます。この日の海はとても穏やかに見えますが、写真でとはいえ、このような光景を見ると、いろいろな気持ちがこみ上げてきます。
 

防潮堤の陸側では、海岸防災林の再生が進んでいるようです。
この防潮林の歴史を紐解くと仙台藩祖伊達政宗公の時代にまで遡るようで、政宗公が慶長5年(西暦1600年)に造成を指示したのが最初のようです。
その後、この防災林は、高潮、飛砂、潮風害、塩害といった、いろいろな被害から農地や住宅地を守ってくれていたそうです。
そんな中、この防災林は、東日本大震災の大津波に対しても、津波エネルギーを小さくしてくれたり、漂流物を捕まえて更なる被害から守ってくれたり、内陸への津波の到達時間を遅らせてくれたり、いろんな役目を果たしてくれたそうです。

その防災林も、そのような貢献と引き換えに大津波で壊滅的な被害を受けてしまったようですが、様々な検討を受けて、今、再生に向けて動いているようです。
防災林の機能としてもそうですが、ずっとそこに防災林があった光景が、震災前のように戻ってくるといいなと思います。

いろいろ盛りだくさんの2日間でしたが、三城理事長のチームはこんな感じで2日間の活動を終えたそうです。

あの日から10年が経ちましたが、とはいえ、いまだ、必ずしも復興しきれたとは言えない状況と感じますし、まだまだ我々ができることも多くあるように感じました。
コロナ禍の中で難しい部分もありますが、チーム・ユニコンとしても引き続き、できることを無理なく出来る範囲での支援を続けていきたいと思います。

昨日も大きな地震がありました。被害ができるだけ小さいよう、お祈りいたします。。。
あの日から10年が経ってもまだまだ大きな余震が起きるということを考えても、いかに日頃の備えが大事か、ということを感じます。
これを機会に、我が家の備えについてももう一度考えてみたいと思います。

さて、3月10日に気仙沼市で実施された、東日本大震災に係る行方不明者の手がかり捜索に、三城理事長のチームが参加しました。捜索には、PCR検査の実施を含め、しっかりと感染対策をした上で参加しています。
自分もすごく参加したかったのですが、残念ながら本業の都合で参加できなかったため、三城理事長のレポートをもとに活動内容を報告したいと思います。
https://www.kesennuma.miyagi.jp/sec/s002/020/030/050/020/090/12/20210301kikikanrika.pdf

今回捜索を行ったのは、気仙沼市本吉町の小泉海岸〜登米沢海岸にかけてのエリアです。
この捜索に参加したのは、警察約30名、海上保安署約30名、ボランティア約30名の計90名、チーム・ユニコンからも2名が参加しました。
(以下、一部の写真は(一社)気仙沼復興協会さんのFacebookより許可を得て転載させて頂きました。ありがとうございます!)

作業実施にあたり、感染症対策として、検温、手指消毒を実施しています。

朝礼では、菅原気仙沼市長からの挨拶がありました。が、当日はかなりの強風のため、残念ながらあまりよく聞こえなかったようです。。。

朝礼が終わったら、早速捜索活動開始です。

今回は感染症対策の面もあり、午前中のみと短い時間での活動でしたが、人のものかわからないいくつかの骨片、時計、衣服などの、行方不明者の手がかりとなりうる可能性のあるものを見つけることができました。
気仙沼市では、2月時点で未だ214名の方の行方がわかっておらず、このような活動を通じて少しでも手がかりが見つかればと思います。
 
 
(下段の2枚は、チーム・ユニコンからの参加者の作業風景です。)

小泉海岸には、震災後、何度もボランティアに入っているのですが、今では防潮堤もできて立派に整備されています。随分景色も変わり、10年の時間の流れを感じます。

作業の後、10年前に作業した津屋川のあたりに行ってみました。10年で随分景色が変わりました。
大きな変化としては、防潮堤で海が見えなくなってしまったことが挙げられます。津波から街を守るためには仕方ないのでしょうが、なんだか複雑な気持ちになります。

(左が10年前、右が現在)

その後、2年間チーム・ユニコンの監事を務めて頂いた芳賀さんのお宅に、2年間の御礼に伺いました。2年間、本当にありがとうございました。
お渡しした糖焼酎は、Got My Dice(がまだす、は、熊本弁でがんばるの意味。NPO法人Make Happyさんが熊本への支援のために販売した奄美黒糖焼酎)です。
東北のみならず、全国の被災地に支援の輪が広がると良いなと思います。

お昼は大谷海岸の道の駅で。今はまだ仮設店舗での営業ですが、3/28にリニューアルしてオープンします!
気仙沼に通っていたころは、何度も伺いました。次に気仙沼に訪れた際には是非新しい店舗に伺いたいです!
https://kesennuma-kanko.jp/ooyakaigan_open/

お昼の後、気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館に伺い、(一社)気仙沼復興協会さんの皆さんにご挨拶。
チーム・ユニオンで活動していた頃からのご縁が繋がっているのは嬉しいものです。

最後に、14時から気仙沼市社会福祉協議会様にて、NPO法人MAKE HAPPYさんと連携を取りながら製作している医療用ガウンと、東北大学と連携して製作しているフェイスガードの寄贈式を行いました。先方からは、熊谷直恵常務、在宅福祉サービス課 芦立吉人課長にご出席頂き、感謝状も頂きました。
我々の作った医療用ガウン・フェイスガードが気仙沼市でも活用して頂けると嬉しいなと思います。

3月10日の活動報告は以上です。なかなか盛りだくさんな一日でした。
3月11日の活動報告は、また別途アップします!

 

3.11から10年が経ちました。長かったような、あっという間だったような。
今日、14:46に黙祷しながら、いろいろなことを思い出していました。ちょっと長文になりますが、この10年を振り返ってみたいと思いますので、よろしければお付き合い頂ければと思います。

チーム・ユニコンの前身であるチーム・ユニオンが立ち上がったのが東日本大震災の直後。自分も立ち上げの直後から参加させて頂いています。
三城理事長と出会ったのもこの時でした。思えば長い付き合いになっています。

当時は本吉町のボランティアセンターで活動していました。初めて現地に行った時に見た、津波のすさまじい威力を感じさせるあの光景は忘れることができません。

 

一日の活動が終わってから、気仙沼市内の被害状況を見に行ったこともありました。
本震から何ヶ月も経っているのにまだ水浸しな状況や、打ち上げられた第18共徳丸(既に解体されましたが)を見て、復旧への道のりの長さを感じました(写真は真っ暗ですが、当時は日没後は灯りが全く無いような状況でした)。

 

当時はボランティアセンターになっていた本吉町のはまなすホールの裏にテントを張って宿泊していました。
活動が終わって、ビールや気仙沼のお酒を飲みながらのバーベキューは楽しかったです。
そして、自衛隊さんが仮設テ
ント内に設置してくれたお風呂が何よりのごちそうだったことを覚えています。
(そして、毎夜毎夜ブヨに噛まれまくっていたのも覚えています。)

この頃から、自分は仕事先で貰った赤いツナギを着て作業をしていました。これがこのブログの名前の由来だったりします。

震災から1年後の3.11にも気仙沼を訪れました。現地の光景を見ながら、改めて復興への道のりの長さを感じました。

 

そして、この日、気仙沼湾に捧げられた花束を見て、喪われたものの大きさをとても強く感じました。
1年後のこの日、1年前に被災地に襲いかかった海は、信じられなくらい穏やかでした。
震災以降、この日の光景が、自分にとって一番忘れ
られないものかもしれません。。。

でも、同時に復興商店街ができてきたりして、復興への確かな歩みも感じることが出来ました。

この後も、気仙沼では、気仙沼復興協会さんで継続的に活動させて頂きました。

海岸の清掃をしたり、

土管の中のヘドロを掘ったり、

餅つきをしたり(理事長がかえしをしてますね)。

その後も、全国のいろいろな場所で災害が起き、そのたびにチーム・ユニオン、チーム・ユニコンは様々な場所で活動しましたが、やはり3.11が活動の原点だったと思います。

そんな10年後の今日、三城理事長のチームが東北で活動していました。事前のPCR検査の実施を含め、しっかり感染対策をした上で、現地に行なかった我々の想いも届けてくれていると思います。
レポートは後日アップしますが、きっと、今の現地の様子もお伝えできるかと思います。

自分は、学生時代を含め、何かと東北・宮城に縁があり、3.11の後、お世話になった土地に対して自分にも何か出来ることはないだろうか、と言うことを思っていた時に、チーム・ユニオンに出会いました。その時から、「無理なく自分にできることを!」という形で活動を続けてくることができました。

自分も何かしたいけどどうしたらいいんだろう、自由な時間がないけど何かできないだろうか、ということを思っていらっしゃる方も多いと思います。そんな方々と一緒に、これからも無理なく息長く継続した活動を、チーム・ユニコンを通じてやっていければいいなと思っています。

このブログをご覧の皆さま、前任の大塚に代わりまして、新たに広報を担当致します石瀬です。
なるべく頻繁に情報を上げていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

さて、チーム・ユニコンでは医療用ガウン作成ボランティア作業を行っています。
この作業は、NPO法人MAKE HAPPYさんと連携を取りながら実施しております。
完成したガウンは、医療・保険機関や介護事業者の皆さまへお送りします。

昨日も神奈川県川崎市麻生区の施設にて、作成会を開催しました。9名の方にご参加頂き、計68着を作成致しました!
(作成会の開催にあたっては、JVOADのガイドラインに従い、検温・手洗い・アルコール消毒等の感染予防を徹底しております)

最近はいろいろなサイトからこの活動に気付いてくださって、初めて参加して頂ける方も多く、非常に嬉しく思っています。
医療用ということで、自分に作れるのかな、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、初めての方には作り慣れている方から作り方を丁寧にお教えしますので、ご安心ください!
少し複雑なところもありますが、大体皆さんその日のうちにお一人で作れるようになっているように思います。

 

まだまだコロナの収束は見えてこないことから、これからも必要になるであろう医療用ガウンの作成を通じ、少しでも貢献していければと考えています。
緊急事態宣言の延長もあり、次回活動については調整中ですがが、はっきりし次第、こちらでお知らせしたいと思います。

活動時間は9:00-16:00ですが、ご都合に合わせて、午前中のみ、午後のみ、〇時から〇時までという形での途中参加も可能です。
ご興味、お時間ありましたら是非お気軽にご参加くだされば幸いです。