再び理事長の三城です!
この連休の週末は七尾に来ています。大雪です。

でも今週の活動レポの前に、まず、前回の石ちゃんの2/1のレポートの続きから行きます!
最近すっかり文化放送アップデートの災害レポーターが板に付いて来たユニコンメンバーの中村健吾くんが、実はその後、2/4まで延泊して作業してくれていました。
その週も大雪に見舞われ、帰りのバスが運休となってしまったため、結果2/6までおらっちゃ七尾に残る事になったそんな活動のレポートです

2/2 (日)
前週にも入った和倉のお宅、同じ部屋の写真を見比べてもらうと分かると思いますが(一枚目の写真が1/24、二枚目の写真が2/2です)作業も捗り、再度継続となるも先が見えて来た感じです。
10人で構成された作業チームでしたが、うち6人が小5、中3、高1、2、3という未成年でフラッシュな心持ちで作業が出来たとの事です。

2/3 (月)
この日は平日だったので、おらっちゃに集まったボランテアの数は、前日の40名から半減して15名程度。
午前中は石崎のお宅でひたすらに分別、袋詰めを行いニーズ完了!…なるも運搬車両がなかったため、搬出は後日に繰越す事に。
午後は矢田新町のお宅で、こちらも分別と袋詰め。4割くらいの進捗で継続案件となったそうです。この日一緒に作業した12人の中、7名が女子大学生たちで、
一緒に活動していた有名な占い師さんに色々相談したりして盛り上がっていたそうです。そんな一期一会の出会いもボラの醍醐味の一つですよね。
醍醐味と言えば、活動後の食事もその一つ。夜は地元方から差し入れに頂いた鱈で鍋を作り、美味しく頂きました。

2/4 (火)
この日は22名集まるも朝から雪。
まずは5人チームで小島町へ。母屋から倉庫に冷蔵庫を移動。2軒目は深見町、ご高齢のお一人暮らししている方のお宅で、解体する母屋から納屋への仏壇などの移動。
3軒目は本府中町。運搬車両が稼働出来る日にスムーズに運び出せるように、階上から一階への荷卸しを行いました。
で、本当はこの日東京に帰る予定だったのですが、バスが欠航となり、延泊となったのは先に説明した通りです。

2/6(木)
前日の5日(水)はボラセンお休みの日で活動報告は無し。最終日となったこの6日はひたすら雪掻きをしていたそうです。
午前中、おらっちゃ七尾のベースの園庭の雪掻きしている間に、高齢化が進んでいる市内から続々と雪掻きの依頼が届き、
なんと20件以上対応する事になったそうです。

2月1日に実施した令和6年能登半島地震の被災地での活動の報告です。
この期間は石川県七尾市にて、民間災害ボランティアセンター「おらっちゃ七尾」さんと連携させて頂いての活動を実施しました。

この日は、翌週にやってくる大寒波の前兆か、非常に寒かったです。
おらっちゃ七尾さんの土日の駐車場は、以前は災害ごみ仮置き場となっていた能登香島駐車場に変更となっていますが、7時半頃にそちらの準備に向かった際には、駐車場はカチカチのアイスバーン状態でした。
参加された方々に事故等なかったのがよかったです。

この日の活動は、七尾駅に近いエリアである富岡町にて、自費解体が間近に迫ったお宅での家財・災害ごみの分別・搬出作業でした。
震災後、家主さんはなんとかこの家で生活されていましたが、余震等で徐々に家が傾いてきたことで解体を決意されたそうです。半壊認定を受けられたとはいえ、申請が遅れたことで公費解体がかなり先になってしまうことから、自費解体とすることを判断されたそうです。
公費解体では家具や畳等は残置しても問題ないものの、自費解体の場合はそれらの片付けも解体費用として家主さんの負担となる可能性があることから、なるべく家の中に残置する物を少なくする必要があります(自費解体を選択しても、公費解体相当と判断された金額は後で行政から受け取ることができます。とはいえ、自費解体にかかった全額が補償されるわけではないため、なるべく解体にかかる費用を減らすことができるよう、そのお手伝いとなるできる限りの家財等の搬出作業を実施しています)。
事前の連絡ではかなりの量が残っているとのことでしたが、まずは大きな家具から優先して片付けていったこともあり、この日のうちに作業は完了し、解体に間に合わせることができ、よかったです。
とはいえ、何度もありがとうとおっしゃっていた家主さんが、静かにものがなくなた家の中を眺めていらっしゃるのを見て、なんともいえない気持ちになりました。我々の活動は小さなものですが、少しでも被災された方々が次に向かうための助けとなることを願うばかりです。

この日作業したお宅では、発災時、地震の揺れとともにお隣の家(解体済み)がぶつかってきたそうです。
家と家がぶつかった衝撃はかなりのものだったそうで、ものすごい音もしたそうです。
その時の傷は、今も家の外壁に残っていました(見づらいですが、下の写真にある2箇所の凹みは、お隣の家がぶつかった跡です)。
地震のエネルギーの大きさ、地震の恐ろしさがよくわかるかと思います。

発災から1年以上が経過しましたが、「おらっちゃ七尾」さんでは200件程度のニーズが残っており、未だ復旧・復興への道のりは長く、引き続き息の長い支援が必要と感じております。
このような状況を踏まえ、2025年も継続して能登半島地震・奥能登豪雨の被災地での活動を実施していきます。
それらの内容については、順次こちらのブログ・SNSで報告していきます。

また、今後の活動の予定についてはHPにアップしておりますので、適宜ご確認いただき、もしご都合が合えば活動にご参加いただけるとうれしいです。

久しぶりにブログにお邪魔します!理事長の三城です!

2025年の能登での活動第2タームは23日(木)~25日(土)です。
25日は民間災害ボランティアセンターおらっちゃ七尾で活躍していたリースの3tダンプを土浦市に運ぶという作業でしたので、七尾市での活動は2日間でした。

さて、その活動の報告の前に

我々が毎度お世話になっている活動拠点おらっちゃ七尾にバスユニットがついに来ました!おらっちゃ七尾は石崎保育園の跡地なのですがシャワーなどはなく、歩いて3~4分の銭湯「弁天湯」さんだったり、車をつかって和倉の温泉「総湯」や能登島の「ひょっこり温泉 島の湯」などに通っていましたが、NGO結さんが今まで西岸で使用していたバスユニットを譲り受け、園庭に設置することになったそうです。なんだかんだ一日500円近い出費が抑えられるのは嬉しいことです!

1月23日(木)まず午前中、能登島日出ヶ島で畳4枚と解体ブロックの運び出しというニーズ対応と聞き軽トラックとダンプで向かいました。依頼者宅に着くと写真のような立派な木箱に格納された輪島塗の食器なども運び出して欲しいとなりました。午後は別のお宅の作業の約束もあったので、こちらでは出来る限りの物を積載してまた改めてまた伺う継続案件としました。

午後は先週にも活動に入った石崎町のお宅で引き続き公費解体のための災害ごみの分別、運び出しです。10人で必死に作業するも1階部分の6割のみ完了。2階もあるのでまだまだ人手も日数も必要と感じます。

1月24日(金)この日は終日、和倉のお宅の災害ゴミの分別、運び出しでした。昨年の11月にユニコンも数時間このお宅のお手伝いに入りましたが、結果継続案件となり、実はそれ以来という事のようでした。タンスは倒れたまま。雨漏りがひどく畳は腐敗。2階は床も不安定。被災から一年もこのように時が止まった状況が続き、家主さんは本当にやるかたなく過ごされていたと思います。15人がかりで一心不乱に作業をして2階部分はほぼ完了、2階は1割程度の進捗で継続案件となりました。

1月25日(土)この日は一日掛けて、今まで七尾で活躍していたダンプを土浦に運んでの帰京。MAN WITH A MISSIONのヴォーカルトーキョータナカさんが主体となり音楽関係者たちが東日本大震災に際して被災地支援のためにスタートさせたサポウィズは今、コネクト(CONNECT)にトランフォームしていますが、写真をご覧いただければ分かるようにこのトラックはCONNECTさんからの提供によるものでした。運搬前にトーキョータナカさんと挨拶を交わし、11時に出発し、土浦に到着したのは20時でした。